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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)812号 判決

第一事件原告

弘中孝一

(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)

第二事件原告

藤山卓也

(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)

第一事件被告

有川博昭

(第二事件被告、第四事件反訴原告)

第三事件被告

東秀一郎

(第五事件反訴原告)

主文

一  別紙事故目録記載の交通事故に基づく第一事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)弘中孝一及び第二事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)藤山卓也の第一事件被告(第二事件被告、第四事件反訴原告)有川博昭に対する損害賠償債務はいずれも存在しないことを確認する。

二  別紙事故目録記載の交通事故に基づく第一事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)弘中孝一及び第二事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)藤山卓也の第三事件被告(第五事件反訴原告)東秀一郎に対する損害賠償債務はいずれも存在しないことを確認する。

三  第一事件被告(第二事件被告、第四事件反訴原告)有川博昭の第一事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)弘中孝一及び第二事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)藤山卓也に対する反訴請求をいずれも棄却する。

四  第三事件被告(第五事件反訴原告)東秀一郎の第一事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)弘中孝一及び第二事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)藤山卓也に対する反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、全事件を通じ第一事件被告(第二事件被告、第四事件反訴原告)有川博昭及び第三事件被告(第五事件反訴原告)東秀一郎の負担とする。

事実

(以下、第一事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)弘中孝一を「原告弘中」、第二事件原告(第三事件原告、第四事件反訴被告、第五事件反訴被告)藤山卓也を「原告藤山」、第一事件被告(第二事件被告、第四事件反訴原告)有川博昭を「被告有川」、第三事件被告(第五事件反訴原告)東秀一郎を「被告東」と各略称する。)

第一当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一  請求の趣旨

1 別紙事故目録記載の交通事故に基づく原告弘中の被告有川に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告有川の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告弘中の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告弘中の負担とする。

(第二事件について)

一  請求の趣旨

1 別紙事故目録記載の交通事故に基づく原告藤山の被告有川に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告有川の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告藤山の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告藤山の負担とする。

(第三事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は被告東の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告弘中及び原告藤山(以下「原告ら」ともいう。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(第四事件について)

一  反訴請求の趣旨

1 原告らは、被告有川に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 主文第三項と同旨

2 訴訟費用は被告有川の負担とする。

(第五事件について)

一  反訴請求の趣旨

1 原告らは、被告東に対し、各自金二〇六万六一六〇円及び内金一七六万六一六〇円に対する昭和六二年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 主文第四項と同旨

2 訴訟費用は被告東の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件について)

一  請求原因

1 別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2 しかしながら、本件事故の状況は、以下に述べるとおりであつて、被告東が運転する普通乗用自動車(以下「東車」という。)の搭乗者に人身被害を与えるような衝撃はなかつたものである。

すなわち、本件事故は、昭和六二年四月二五日ころ、神戸市東灘区住吉宮町七丁目三番九号先国道二号線において、二車線ある東行の中央線側車線を、原告藤山運転の自動二輪車(以下「藤山車」という。)とその後方を原告弘中運転の自動二輪車(以下「弘中車」という。)とがいずれも時速約二〇キロメートルの速度で走行中、原告弘中において、前方を走行する藤山車が左方へ進路変更するのを認め、弘中車も左方に進路変更しようとしたところ、弘中車は走行の安定を失い、折から左側車線を後方から時速約二〇キロメートルの速度で並進中であつた東車の右側ドア付近に凭れ掛かるような状態で接触したまま、約三メートル進行し、その後、原告弘中は弘中車共々、右接触地点から約七ないし八メートル前方の地点で転倒したというものである。

したがつて、東車は、時速約二〇キロメートルの低速で走行中、右方から弘中車が接触して凭れ掛かるような状態となり、そのまま同車と数メートル並進し、接触音を感知した被告東がすぐブレーキ操作を行つて、約六ないし七メートルを超えない距離で停止したものであるから、かかる停止状況においては、東車の車体が受ける衝撃は、仮にあるとしても極めて軽微であり、また、車内の人体に与える衝撃も軽微であつて、およそ人身被害が発生することはあり得ないというべきである。

3 被告有川は、本件事故当時、東車に同乗していたものであるところ、本件事故により傷害を負つたと主張し、原告弘中に対し、右傷害に伴う損害賠償金の支払いを求めている。

4 よつて、原告弘中は、本件事故に基づく原告弘中の被告有川に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、本件事故の日時、場所、本件事故当時、藤山車と後続の弘中車が二車線ある東行きの右側車線を走行し、東車が左側車線を走行していたこと、弘中車が、走行の安定を失い、同車の左側を走行中の東車の右側ドアに接触したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は認める。

(第二事件について)

一  請求事件

1 第一事件請求原因1の事実と同一であるから、これを引用する。

2 第一事件請求原因2の事実と同一であるから、これを引用する。

3 被告有川は、本件事故当時、東車に同乗していたものであるところ、本件事故により傷害を負つたと主張し、原告藤山に対し、右傷害に伴う損害賠償金の支払いを求めている。

4 よつて、原告藤山は、本件事故に基づく原告藤山の被告有川に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実に対する認否は、第一事件の請求原因2に対する認否と同一であるから、これを引用する。

3 同3の事実は認める。

(第三事件について)

一  請求原因

1 第一事件請求原因1の事実と同一であるから、これを引用する。

2 第一事件請求原因2の事実と同一であるから、これを引用する。

3 被告東は、本件事故当時、東車を運転していたものであるところ、本件事故により傷害を負つたと主張し、原告らに対し、右傷害に伴う損害賠償金の支払いを求めている。

4 よつて、原告らは、本件事故に基づく原告らの被告東に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実に対する認否は、第一事件の請求原因2に対する認否と同一であるから、これを引用する。

3 同3の事実は認める。

(第四事件について)

一  反訴請求原因

1 交通事故の発生

第一事件請求原因1の事実と同一であるから、これを引用する。

2 原告らの責任原因

(一)本件事故は、被告東が運転し、被告有川が後部座席に、山田一男が助手席にそれぞれ同乗する東車が、片側二車線の左側車線を東進中、その右側車線を先行していた藤山車が、後方確認も不十分なまま突然左方に進路変更したことから、藤山車の後方左側を走行していた弘中車がバランスを失い、弘中車の左側を走行中の東車の右側ドアに接触したため、東車が急停車し、その衝撃により、被告有川が運転席背面に衝突して負傷し、運転していた被告東も負傷したものである。

(二)したがつて、本件事故は、藤山車及び弘中車の走行中に発生したもので、これら車両を保有し、その運行供用者である原告らは、被告有川の人身損害につき自賠法三条による損害賠償責任がある。

(三)また、原告藤山は、後方確認を怠つて左転把した過失により、原告弘中は、藤山車との車間距離を十分に保持しなかつた過失により、本件事故を惹起したものであるから、原告らは、被告有川に対して共同不法行為の責任を負う。

3 被告有川の受傷及び治療経過

(一)傷病名 頸部捻挫、左肩打撲

(二)治療期間 昭和六二年四月二七日から同年六月二五日まで通院(実通院日数一五日)

4 被告有川の損害

(一)休業損害 金二二八万円

被告有川は、興信所を経営し、年間金一三七三万円の売上収入を得ていたところ、右傷害により二か月間休業を余儀無くされたので、これによる休業損害は金二二八万円(一三七三万円÷一二×二=二二八万円)となる。

(二)慰謝料 金三〇万円

5 よつて、被告有川は、原告ら各自に対し、右休業損害金の内金一七〇万円と右慰謝料金三〇万円との合計金二〇〇万円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和六二年四月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 反訴請求原因1の事実は認める。

2(一)同2の(一)の事実のうち、被告らの搭乗していた東車とその右方進行中の弘中車が接触事故を発生させたことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)同2の(二)、(三)の主張はいずれも争う。

3(一)同3の(一)の事実は争う。

本件事故の状況からして、人身損害が発生することはあり得ないものというべく、その理由の詳細は、第一事件請求原因2における主張と同一であるから、これを引用する。

(二)同3の(二)の事実は争う。

前述のとおり、東車の搭乗者の身体に何らかの人身損害を発生させるような衝撃はなかつたから、被告有川の傷病・症状に関する愁訴はおよそ信用性を欠くものであり、被告有川の受けた治療と原告らの運転行為との間に相当因果関係はない。

4 同4の事実ないし主張は争う。

(第五事件について)

一  反訴請求原因

1 交通事故の発生

第一事件請求原因1の事実と同一であるから、これを引用する。

2 原告らの責任原因

(一)第四事件請求原因2の(一)の事実と同一であるから、これを引用する。

(二)したがつて、本件事故は、藤山車及び弘中車の走行中に発生したもので、これら車両を保有し、その運行供用車である原告らは、被告東の人身損害につき自賠法三条による損害賠償責任がある。

(三)第四事件請求原因2の(三)の事実と同一であるから、これを引用する。

3 被告東の受傷及び治療経過

(一)傷病名 胸部腰部打撲

(二)治療経過 昭和六二年四月二五日から同年一〇月二一日まで通院(実日数四八日)

4 被告東の損害

(一)治療費 金二〇万一〇〇〇円

(二)投薬料 金六万五一六〇円

(三)休業損害 金九〇万円

被告東は、本件事故当時、リース業を営み、月額金四五万円の所得を得ていたところ、右傷害により二か月間休業を余儀無くされたので、これによる休業損害は金九〇万円である。

(四)慰謝料 金六〇万円

(五)弁護士費用 金三〇万円

(六)以上、損害金の合計金二〇六万六一六〇円

5 よつて、被告東は、原告ら各自に対し、被告東は、原告ら各自に対し、右損害合計金二〇六万六一六〇円及び内金一七六万六一六〇円(弁護士費用を控除した残額)に対する本件事故発生日の翌日である昭和六二年四月二六日から完済まで民事法定利率五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 反訴請求原因1の事実は認める。

2(一)同2(一)の事実のうち、被告らの搭乗していた東車とその右方進行中の弘中車が接触事故を発生させたことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)同2の(二)、(三)の主張はいずれも争う。

3(一)同3の(一)の事実は争う。

本件事故の状況からして、人身損害が発生することはあり得ないものというべく、その理由の詳細は、第一事件請求原因2における主張と同一であるから、これを引用する。

(二)同3の(二)の事実は争う。

前述のとおり、東車の搭乗車の身体に何らかの人身損害を発生させるような衝撃はなかつたし、被告東は、別の交通事故により、本件事故前の昭和六二年三月二一日から、頸椎捻挫、胸部・腰部打撲の診断名で治療を受け、本件事故当時も現に右治療を受けていたのであるから、仮に、被告東に昭和六二年三月二一日以降何らかの治療を要する症状があつたとしても、右症状は他の原因に基づくものであつて、原告らの運転行為ないし本件事故との間に相当因果関係はない。

4 同4の事実ないし主張は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一原告弘中の被告有川に対する本訴請求(第一事件の債務不存在確認請求)について

原告弘中主張の請求原因1(本件事故の発生)の事実は、当事者間に争いがなく、本件事故に基づく原告弘中の被告有川に対する損害賠償債務は、後記第四で述べるとおり存在しないと認めるところ、被告有川が原告弘中に対する右損害賠償債務が存在すると主張していることは、本件訴訟上明らかである。

そうすると、原告弘中の被告有川に対する本訴請求は理由がある。

第二原告藤山の被告有川に対する本訴請求(第二事件の債務不存在確認請求)について

原告藤山主張の請求原因1(本件事故の発生)の事実は、当事者間に争いがなく、本件事故に基づく原告藤山の被告有川に対する損害賠償債務は、後記第四で述べるとおり存在しないと認められるところ、被告有川が原告藤山に対する右損害賠償債務が存在すると主張していることは、本訴訴訟上明らかである。

そうすると、原告藤山の被告有川に対する本訴請求は理由がある。

第三原告らの被告東に対する本訴請求(第三事件の債務不存在確認請求)について

原告ら主張の請求原因1(本件事故の発生)の事実は、当事者間に争いがなく、本件事故に基づく原告らの被告有川に対する各損害賠償債務は、後記第四で述べるとおり存在しないと認められるところ、被告有川が原告らに対する右各損害賠償債務が存在すると主張していることは、本件訴訟上明らかである。

そうすると、原告らの被告有川に対する本訴請求はいずれも理由がある。

第四被告有川の原告らに対する反訴請求(第四事件の損害賠償請求)について

一  本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第六号証、証人中原輝史の証言により成立を認めうる甲第一四号証、いずれも撮影対象については争いがなく、撮影年月日・撮影者については弁論の全趣旨により原告ら主張の写真であることが認められる検甲第一号証の一ないし三、証人中原輝史の証言、原告弘中、原告藤山各本人尋問の結果、被告有川、被告東各本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く。)、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告弘中は、本件事故当日、二五〇CCの自動二輪車(「弘中車」)を運転し、本件事故現場である神戸市東灘区住吉宮町七丁目三番九号先国道二号線において、二車線ある東行きの中央線側(右側)車線を、原告藤山の運転する自動二輪車(「藤山車」)に追従し、その約五ないし六メートル後方を時速約二〇キロメートルの速度で走行中、藤山車が、進路前方で右折のため停止中の車両を避けるべく左方に進路変更するのを認め、原告弘中も左方に進路変更するべく左側にハンドルを切つたところ、弘中車は走行の安定を失い、折から東側車線を後方から時速約二〇キロメートルの速度で並進中であつた東車(長さ五〇六センチメートル・幅一八七センチメートル・高さ一四三センチメートル・総排気量四・五二リツトルのメルセデスベンツ)の右側ドア付近に接触し、同ドアに凭れ掛かるような状態のまま約三メートル進行したのち東車から離れ、原告弘中は弘中車共々、右接触地点から約八メートル前方の地点で転倒し、東車は、弘中車との接触音を感知した被告東が直ちにブレーキ操作を行い、右接触地点から約六ないし七メートル前方の地点で停止したこと、

2  本件事故当時、東車には、被告東が運転席に、山田一男が助手席に、被告有川が運転席の後部座席に乗つていて、被告東はシートベルトを着用し、被告有川は、後部座席と後部左側のドアの角の辺りに背中を向けて、書類を見ていたこと、

3  本件事故の三日後である昭和六二年四月二八日に撮影した東車の写真によると、東車の右側前ドアに、本件事故による凹痕及び擦過痕が上から下の方向に印象されていて、互いに接触した東車と弘中車の速度が同程度であり、かつ、低速走行時の接触であることを裏付けていること、

以上の事実が認められ、右認定に反する成立に争いのない甲第五号証の記載内容及び被告有川本人の供述は、前掲各証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、前掲甲第六号証によると、実況見分の結果、東車は弘中車と接触後約一七・六メートル進行して停止したかの如く記載されているところ、原告弘中本人尋問の結果によれば、原告弘中は、「原告弘中が弘中車とともに転倒して、起き上がつた時、東車は左側後方で停止していた。」旨を供述し、一方、被告東も、その被告本人尋問において、「東車が停止した時、その一ないし二メートル前方で、原告弘中がオートバイを起こしていた。被告東は、一旦東車を停止した後、被告有川の指示によりさらに東車を左に寄せた。」旨を述べ、原告弘中の右供述と符号する供述をしており、右実況見分の結果は、東車が弘中車との接触地点から、東車が一旦停止後さらに左に寄せて停止した地点までの距離と認められるから、何ら前記認定の妨げとなるものではない。

二  そこで、被告有川主張にかかる傷害の存否ないし本件事故との因果関係について判断する。

1  先ず、本件事故によつて被告らが受けた衝撃の程度等について検討する。

(一)この点に関し、被告有川は、その本人尋問において、東車に急制動がかけられたことにより、運転席の背もたれで左肩から左頸を打つた旨、また、被告東は、その本人尋問において、急ブレーキをかけた時、ハンドルで胸を打ち、症状としては胸部痛の他腰部痛も存在する旨をそれぞれ述べ、東車が弘中車と接触後停止した際の衝撃の大きさを強調している。

(二)しかしながら、前掲甲第一四号証、証人中原輝史の証言によると、

(1) 先ず、実況見分調書添付見取図(甲第六号証)に基づき、弘中車と東車との接触地点から東車の停止位置までの距離を一七・六メートルと仮定した場合(本件事故の状況がそうでないことは、前記一の1及び3において認定したとおりである。)、東車の空走距離と制動距離との合計値は一七・六メートルとなり、その場合の東車の接触直前速度は時速三七・九キロメートル、制動所要時間は約一・三四秒となり、制動がかけられることにより東車に生じる衝撃平均減速度は約〇・八G、台形減速度(平均減速度の一・五倍が普通の状態における衝撃とかんがえられている。)は一・二Gとなり、かかる場合が、本件事故状況として考え得る形態の中で、東車に搭乗中の人身に対する衝撃が最も大きいものと認められるところ、かかる衝撃ですら日常の走行中における通常の急ブレーキ時の衝撃にすぎないこと、

(2) 一方、前記一の1及び3で認定した事故の形態のもとにおいては、東車の接触直前速度は時速約一六・一キロメートル、制動所要時間は約一・五三秒となり、東車に生じる衝撃平均減速度は約〇・三G、台形減速度は約〇・四五Gであること、

(3) 人体の後頭顆に加わるトルク(衝撃力モーメント)の被験者の自由意思による静的限界値は二六Ft・Lb、動的無傷限界値は六五Ft・Lbであるところ、右(1)で述べた東車の搭乗者に対する衝撃が最大と想定される事故形態においても、被告東の後頭顆に加わるトルクは五・三Ft・Lbであつて、右静的限界値の約五分の一、右動的無傷限界値の約一二分の一にすぎず、完全に無償の限界の、中でも非常に低い数値の位置にあることが明らかであり、本件事故の形態である右(2)の場合では、被告東の後頭顆に加わるトルクは、さらに小さくなること、

(4) 運転者が座席のシートベルトを着用し、身体を固定している状態で急制動をかけた場合において、右運転者に加わる頭部衝撃と腰部衝撃とを比較すると、通常頭部が一・六の時に、胸部で一・一、腰部で一・二の比率の衝撃であり、腰部に対する衝撃は頭部に対するそれよりもさらに小さいから、右(1)ないし(3)で述べたところから明らかなように、本件事故によつて被告東に腰部打撲が発生するものとは認め難いし、同被告がハスドルが胸部を打つ事態も有り得ないこと、

(5) また、東車の後部座席に座つている被告有川が、ブレーキ操作の結果、運転席凭れ後面に左肩と左頸を打つ場合の衝撃は、右(1)の事故形態の場合における被告東の後部顆に加わるトルクよりもさらに小さい数値であり、これまた右(1)ないし(3)で述べたところから明らかなとおり、人体に傷害を発生させるに足らないものであること、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、かかる事実に微する限り、本件事故により被告らが受けた衝撃は、通常の方法で運転している自動車に乗車している者であつても、知らないうちにしばしば受ける程度の極めて軽微なものであつて、被告らは、その身体に衝撃を受けていないか、もし受けていたとしてもごくわずかなものであつて、およそ人身被害を発生させるに足らないものであつたと認めるのが相当である。

(三)したがつて、被告らの前記(一)の各供述は、全体として虚偽と誇張の混在したものというほかなく、到底信用することができない。

2  次に、被告有川が本件事故により被つたと主張する傷害について検討する。

(一)いずれも成立に争いのない乙第二、第三号証、被告有川本人尋問の結果によると、被告有川は、林外科診療所に昭和六二年四月二七日から同年六月二五日まで通院し(実通院日数一五日)、治療を受けたこと、傷病名は頸部捻挫、左肩打撲とされていることが認められる。

右の事実からすれば、本件事故により被告有川が右傷病を負つたごとく見えないではない。

(二)しかしながら、他方、全掲乙第三号証、いずれも成立に争いのない甲第一一号証の二、三、被告有川本人尋問の結果によると、

(1) 被告有川は、昭和六二年四月二七日林外科診療所に赴き、林医師の診察を受けたが、その際、被告有川は、左頸部、左肩、左上肢にかけてのだるさ、起床時の左上肢の痺れ、事務的仕事に際しての頸部の重圧感を訴え、同医師は、頸部及び左肩部のレントゲン検査の結果によつても頸椎及び肩鎖関節に骨損傷等の所見を認めなかつたが、頸部捻挫、左肩打撲との傷病名を付したこと、

(2) ところで、被告有川は、本件事故の約二か月半前の昭和六二年二月六日、自動車を運転中、神戸市中央区港島中町六丁目において追突事故に逢い、外傷性頸椎症、左肩関節捻挫の傷害を受け、約一ケ月の入院治療を受けたことがあつたにもかかわらず、その本人尋問においては、「本件事故に逢うまでに頸を傷めたことはあるが、左肩を傷めたことはない。昭和六一年ころに交通事故により鞭打ちとなり、入院一ケ月と通院を二日したことがある。」旨を供述し、本件事故の約二月半前に左肩を傷めた事実をことさら秘匿する態度を取つたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)そこで、被告有川の前記頸部及び左肩に関する傷病が本件事故によるものか否かについて検討するに、先ず、前記1で述べたとおり、本件事故により被告らが受けた衝撃は、普通に自動車を運転して走行する場合でもしばしば経験する極めて軽微なものであつて、被告らは、その身体にまつたく衝撃を受けていないか、ほとんど衝撃を受けていなかつたものと認められるから、この程度の衝撃で、被告有川に対し、頸部捻挫の発症原因である頚部の過屈曲や左肩の打撲を惹起するとは考えられないといわなければならない。

また、右(二)で認定のとおり、被告有川の前記傷病名は、もつぱら同被告の愁訴に基づくものであつて、他覚的所見と目すべき資料は何らなく、しかも、右愁訴は左上肢、左肩から左頸部にいたる部位が中心と見られるところ、被告有川が、その本人尋問において、本件事故に極めて近接する時期に左肩を負傷していた事実をことさら秘匿する供述をしていることに徴すると、被告有川の右愁訴自体疑わしいというべきである。

(四)そうすると、被告有川に前記傷病があるとの診断があつたとしても、右診断の前提となつた被告有川の愁訴自体に誇張と虚偽が存し、その真実性に強い疑念が存し、ひいては診断そのものに疑問があることが認められるから、右診断のみによつて被告有川が本件事故により受傷したとの事実を認めることはできないというほかなく、他に、被告有川の右受傷の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  よつて、被告有川の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことは明白である。

第五被告東の原告らに対する反訴請求(第五事件の損害賠償請求)について

一  本件事故が発生したことは、当事者間に争いがないところ、本件事故状況の形態については、前記第四、一において認定したとおりである。

二  そこで、被告東主張にかかる傷害の存否ないし本件事故との因果関係について判断する。

1  先ず、本件事故により被告らが受けた衝撃は、通常の方法で運転している自動車に乗車している者であつても、知らないうちにしばしば受ける程度の極めて軽微なものであつて、被告らは、その身体に衝撃を受けていないか、もし受けていたとしてもごくわずかなものであつて、およそ人身被害を発生させるに足らないものであつたと認めるのが相当であること、したがつて、東車が弘中車と接触後停止した際の衝撃の大きさを強調する被告らの供述が信用できないものであることは、前記第四、二の1において詳述したとおりである。

2  次に、被告東が本件事故により被つたと主張する傷害について検討する。

(一)成立に争いのない乙第六号証の一、二(いずれも診療報酬明細書)の記載によると、被告東は、東神戸病院に昭和六二年四月二五日から同年一〇月二一日まで通院し、(実通院日数四八日)、治療を受けたこと、傷病名は頸椎捻挫、胸部打撲、腰部打撲とされていることが認められる。

右の事実からすれば、本件事故により被告東が胸部打撲、腰部打撲の傷害を負つたと見えないではない。

(二)しかしながら、他方、いずれも成立に争いのない甲第七号証、第一〇号証の一ないし三、乙第五号証の一、二、証人国井真理子の証言、被告東本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く)、並びに、弁論の全趣旨を総合すると、

(1) 被告東は、本件事故に逢う約一か月前の昭和六二年三月二一日、神戸市中央区上筒井通一丁目一番一号先道路の交差点において、右交差点を西進右折しようとした国井真理子運転の普通乗用自動車が、同交差点を東進してきた坂井平治運転の普通乗用自動車に側面衝突したうえ、南進信号待ちしていた被告東運転の普通乗用自動車に衝突するという交通事故に逢い、昭和六二年三月二一日以来、頸椎捻挫、胸部打撲、腰部打撲の傷病名により、東神戸病院での通院治療を継続し、本件事故に逢つて以降も右通院治療を継続していたこと、

(2) ところで、被告東の前記通院治療に関する診療録の記載によると、被告東は、「昭和六二年四月二四日(おそらく、四月二五日の誤記と思われる。)自動車運転中オートバイと接触し路肩にあたつた」旨を担当医師に申告していることが認められるところ、本件現場付近の東行き車線進行方向左側の路肩は、段差がないか、あつたとしても極めて低く、これにあたることによつて普通乗用自動車の乗員に人身被害を生ぜしめるに足る衝撃を与えるとは認め難いうえ、右診療録の「主訴・主要症状・経過・所見等」欄の記載からも、被告東が、本件事故日及びこれに近接する時期に、本件事故による受傷の事実や何らかの自覚症状を担当医師に訴えたということは窺えないこと、

(3) さらに、東神戸病院の合田医師作成の昭和六二年五月二日付及び同年九月一日付診断書には、「被告東は、昭和六二年三月二一日から、頸椎捻挫、胸部打撲、腰部打撲の傷病名により治療中のところ、同年四月二四日再び交通事故に逢い腰部打撲す」旨の記載があり、本件事故による傷病名が腰部打撲のみとされ、一方、同病院の大西医師作成の同年五月二八日付及び同年八月七日付診断書には、被告東が、同年四月二五日に再度の交通事故により腰部打撲の傷害を受けたとの事実を窺わせる記載がまつたくなく、同一病院の医師の診断書でありながら、矛盾を露呈していること、

以上の事実が認められ、被告東本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)そこで、被告東の前記胸部及び腰部に関する傷病が本件事故によるものか否かについて検討するに、先ず、前記1で述べたとおり、本件事故により被告らが受けた衝撃は、普通に自動車を運転して走行する場合でもしばしば経験する極めて軽微なものであつて、被告らは、その身体にまつたく衝撃を受けていないか、ほとんど衝撃を受けていなかつたものと認められるから、この程度の衝撃で、被告東に対し、胸部打撲や腰部打撲を惹起するとは考えられないといわなければならない。

また、右(二)で認定のとおり、被告東は、本件事故の約一か月前から、別件の交通事故に逢い、頸椎捻挫、胸部打撲、腰部打撲の傷病名により東神戸病院で治療中であつたところ、被告東が担当医師に対してなした本件事故についての申告内容に虚偽と誇張が認められるうえ、被告東自身も本件事故による受傷を訴えていたとも認められず、被告東が、別件の交通事故に基づく受傷の治療中に、再度本件事故に遭遇したことにより治療を要する腰部打撲の傷害を負つたか否かについて、医師の診断そのものに矛盾と混乱が見られことに徴すると、被告東が主張する胸部打撲及び腰部打撲は、極めて疑わしいというべきである。

(四)そうすると、被告東に前記傷病による通院治療の事実があるとの診療報酬明細書や、「被告東が、昭和六二年三月二一日の交通事故による受傷の治療中に、再度交通事故により腰部打撲の傷害を負つた」旨を記載した診断書があつたとしても、被告東の訴え自体に誇張と虚偽が存し、その真実性に強い疑念が存し、ひいては診断そのものに疑問があり、右診療明細書記載の通院治療は、むしろ、昭和六二年三月二一日の事故による治療と認められるから、右診療報酬明細書や診断書のみによつて、被告東が本件事故によつて受傷したとの事実を認めることはできないというほかなく、他に、被告東の右受傷の事実を認めるに足る証拠はない。

三  よつて、被告東の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことは明らかである。

第六結論

以上によると、原告弘中の第一事件にかかる債務不存在確認を求める本訴請求、原告藤山の第二事件にかかる債務不存在確認を求める本訴請求、原告らの第三事件にかかる債務不存在確認を求める本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、被告有川の第四事件にかかる損害賠償を求める反訴請求、被告東の第五事件にかかる損害賠償を求める反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

交通事故の表示

事故日時 昭和六二年四月二五日 午前一〇時三〇分ころ

事故場所 神戸市東灘区住吉宮町七丁目三番九号先国道二号線路上

当事者 甲 原告藤山卓也

右運転車両 自家用自動二輪車 神戸め二二八〇

乙 原告弘中孝一

右運転車両 自家用自動二輪車 神戸と五一四六

丙 被告東秀一郎

右運転車両 自家用普通乗用車 石三三な九八九九

事故状況 右乙運転車両と丙運転車両の側面接触

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